2025/11/27 18:23


親のことは、嫌いじゃありません。
むしろ、好きだと思っています。


家庭が壊れていたわけでもないし、
外から見れば、
「ちゃんとした家」だったと思います。


でも、なぜかずっと生きづらかった。


理由ははっきり説明できないのに、
心のどこかが、ずっと苦しかった。



「優等生」でいることが、生き方になっていた


子どもの頃から、
空気を読むのは得意でした。


怒らせないように。
がっかりさせないように。
期待を裏切らないように。


「ちゃんとしているね」
「しっかりしているね」


そう言われるたびに、
少し安心して、
同時に、少しだけ自分が遠ざかっていく感覚がありました。



褒められなかったわけじゃない。

でも、
そのままの自分を受け取ってもらった感覚が、
あまりなかった。


だからいつの間にか、
「ちゃんとしていない自分は、出しちゃいけない」
そう思うようになっていました。



大人になってから噴き出したもの


20代になって、
それは別の形で表に出ました。


自己否定。
人の目ばかり気になる。
他人と比べては落ち込む。


劣等感、嫉妬、
「こんな自分には価値がない」という感覚。



周りから見れば、
普通に働いて、
普通に生活している。


でも内側は、
ずっと一人反省会でした。


「なんであんなこと言ったんだろう」
「どう思われただろう」
「やっぱり自分はダメだ」


気づけば、
自分の人生なのに、
他人の評価で生きていました。



点と点が、あとから線になった


はっきりとした転機があったわけではありません。


でもあるとき、
妻の何気ない一言や、
カウンセリングの現場で出会う声を通して、
ふと腑に落ちた瞬間がありました。


「これ、性格じゃないな」


親を責めたいわけじゃない。
被害者になりたいわけでもない。



ただ、
安心して本音を出せる経験が、
圧倒的に少なかっただけなんだ
と。


親との関係は良好でも、
悪意がなくても、
“正しさ”や“期待”が優先される環境では、


子どもは、
「自分の気持ち」より
「求められる自分」を選ぶようになります。


それが、
大人になってからの
生きづらさにつながることもある。



安心がないまま、変わろうとしてきた


僕自身、
変わろうとしてきました。


前向きになろうとした。
強くなろうとした。
考え方を変えようとした。


でも、うまくいかなかった。



今なら分かります。


安心がないまま変わろうとすると、
人は余計に自分を追い込む。


「できない自分」を、
さらに責めるだけでした。



だから「安心が先」なんです


カウンセリングの現場でも、
同じことを何度も見てきました。


本当は、
アドバイスが欲しいわけじゃない。


正解を知りたいわけでもない。



ただ、
否定されずに、
そのままの気持ちを置ける場所
が欲しかった。


安心できた瞬間から、
人は勝手に変わり始めます。


これは理論ではなく、
体感です。



「ゆぴの森」をつくった理由


この順番を、
ひとりでやるのは難しかった。


だから、
安心が先にある場所をつくりました。


変わることを求められない。
ちゃんと話せなくてもいい。
前向きにならなくていい。



ただ、

「ここでは自分を責めなくていい」
そう感じられる時間を、
積み重ねられる場所。


それが
ゆぴの森です。



最後に


ここまで読んでくれたあなたに、
何かを決めてほしいわけではありません。


もし、
「これ、少し自分の話かも」
そう感じたなら、


今日はそれだけで十分です。



変わらなくていい。
急がなくていい。


安心が足りなかっただけかもしれない。


そう思えた日から、
人は少しずつ、自分に戻っていきます。